誰にでも、経験によって形成された成功方程式、失敗方程式の
ようなものがあると思います。
人により、験担ぎのようなものから、生活リズムの変更まで色々な
パターンがあると思いますが、自分の場合を考えると、タイトルの
ようなことを考えているなぁと思います。
ずるいですが、まず、絶対に成し遂げられないと思うことには
手を出しません。時間とお金、そして自信の無駄遣いになる
からです。
ただ、ずるいようで、可能性があるのかないのかを自分自身の
身の丈と比べて正確に判断することは意外に難しいことです。
よく、この可能性判断で失敗する人を見かけます。
自分を過信したり、逆に、過小に評価してしまい、自分の進む
べき方向を見誤っている人に心当たりのある人も多いのでは
ないでしょうか。
そして、このような可能性判断の末、可能性があると判断し、
成し遂げると決めたことに対しては最大限の努力をつぎ込み
必ず成功させます。
やると決めたら、ぐらつかずやり遂げるまでとことんやります。
場合によっては、他の何かを犠牲にしたり、後回しにすることも
ありますが、それは自分の中での優先順位に基づいて決定
します。
この段階で失敗するパターンとしては、努力が足りないか
努力の仕方が間違っているという場合です。
努力の仕方については、やはり、その分野に詳しい人に
相談したり、チェックしてもらう機会が必要でしょう。
なお、可能性を判断している時には冷静に自分と課題を分析し、
客観的な判断をしなければならず、結構苦しいものですが、
やると決めた後は盲目的・主観的に取組むのである種の
クライマーズハイ状態になります。このときは結構楽しいです。
自分はよく、できるかできないかではなく、やるかやらないか
が重要だと言っています。
これは、これまで説明してきたことと矛盾するようですが、
実際は、実現可能性をシビアに判断しなければいけない
ギリギリのところと言うのは非常に限られていて、ほとんどの
場合は、考えるまでもなく可能であったり、考えるまでもなく
夢物語だったりするわけです。
考えるまでもなく可能なことを、色々理由をつけて、さも
不可能なことのように自分を欺くのは最もダメなことです。
もちろん、できることの中にもやる必要が無い、あるいは
やるべきではないのでやらないという判断に至ることも
多いわけですが、明らかに可能であり、かつ、やるべき
ことは、グダグダとできるかできないかを考えずにやって
みろと言うことです。
パターンを書き出すと、
事象 ⇒ (明らかに可能、可能性判断を要する、明らかに無理)
- 明らかに可能 ⇒ (やるべき、やるべきではない・必要ない)
- 明らかに無理 ⇒ (やらない)
- 可能性判断を要する ⇒ (可能性あり、可能性なし)
-可能性あり ⇒ (やるべき、やるべきではない・必要ない)
-可能性なし ⇒ (やらない)
となります。
このなかで、
1 明らかに可能 かつ やるべき ⇒ グダグダ言わずやる
2 可能性はある かつ やるべき ⇒ 死ぬ気で成し遂げる